日暮れの音

2月18日

喫茶店で遅い朝食をとり、ぬるくなったコーヒーを飲み干して店を出ると、朝には降っていなかった雨が降り出していた。季節はまだ冬を脱しきっておらず、雨はいつか雪に変わってもおかしくなさそうに見えた。傘を持たない私は、少し急ぎ足に、山手線の緑のラインの入った列車が大勢の人々を運んで行くのを背に、病院へと向かって歩いた。

病室の扉を開けると妻がベッドの淵に腰掛けていた。このあとの手術のために点滴をしている彼女は、手術前の数日を運悪く手術を終えたばかりの人たちと相部屋になってしまい、夜毎発作のように痛みを訴えるその人たちを見てすっかり不安な気持ちになっていた。

手術を怖がる彼女に「大丈夫」と声をかけながら、私は本当は、自分に言い聞かせているのだ。自分の不安に。彼女の不安を本当は理解していないのではないかという不安に。ダイジョウブ、ダイジョウブと何度も唱えながら。

妻が入院している数日、彼女の不在は私の心に深い穴が穿たれたような闇を広げて行く。私はその淵に腰掛けているのではない。その底にいて、そしてそこから見上げているのだ。

手術は予定通りに終わりました、という医師の簡単な説明を聞きながら、妻の切除したばかりの一部を見せられて、魚を捌くのを見るのも苦手な私はやや貧血のようになってしまった。

私が小学校一、二年の頃に担任だった先生と同じ名前のその病気は、なにも難しい手術なのではない。重病というわけでもないのだが、手術室から出てきた青白い彼女の顔色は私の気持ちを動揺させた。慌てた私は麻酔から覚めたばかりの彼女の手をそっと握った。まだ意識の定まらない彼女はとても小さな声で、手が熱い、と少し迷惑そうに言った。