日暮れの音

一千年の目覚まし〜生き残った帝国ビザンティン〜

 数日前、隣町の書店に行き『生き残った帝国ビザンティン』という本を見つけた。ローマ帝国の歴史にはずっと以前から興味があって、塩野七生さんの『コンスタンティノープルの陥落』も読んでいたので、欲しいな、と思った。けれど文庫本なのに千円もする値段に購入を躊躇して結局買わなかった。それでも私はその本を諦めたわけではなくて、もしかしたら図書館にあるかもしれないと思ったのである。後日、図書館に行くとやっぱり図書館にあった。こういう時はなんとなく得意な気持ちになってしまう。さっそく借りて帰ったら、それから数日は台風の接近で雨が続いたので、部屋で黙々と読んだ。歴史の本というのはその対象にしているものが人物であっても国であっても、それが滅ぶところで終わるのがほとんどで、そのため読み終えると切ない気持ちになる。
 ビザンティン帝国の千年以上も続いた歴史が終わるのは、ただその千年の歴史の重みだけではなくて、古代より脈々と続いてきたローマ帝国の歴史が途絶えた瞬間だった。395年に帝国が東西に分裂し、480年には西ローマ帝国が滅んだにもかかわらず、その後、盛衰を繰り返しながらもさらに一千年近く、1453年まで存続し続けた東ローマ帝国。ビザンティン帝国というのは現代になってつけられた呼称だが、しかしキリスト教化され次第に領地が狭くなっていったこの国をローマ帝国という名で呼ぶよりも、コンスタンティノープル(現在のトルコ共和国イスタンブル)の旧称、ビザンティオンからつけられたこの名で呼ぶのがふさわしい。
 ビザンティン帝国を滅ぼしたのはオスマン・トルコ帝国であった。1453年5月29日、それまで様々な外敵の侵入を防いできた強固な城壁が、この帝国の巨大な大砲によって崩れたのである。約千年もの間、様々な外敵の前に立ちはだかり続けてきたこの城壁が崩れた時、奇しくもこのコンスタンティノープルの創立者コンスタンティヌスと同じ名を持ったコンスタンティヌス11世は、自ら皇帝の証である鷲の紋章をちぎり捨てて、少数の守備兵と共に敵兵に突入して行った。ビザンティン帝国一千年の歴史はこのようにして終わりを告げたのである。
 私は読み終えて本を閉じると、しばらく、何度も大きなため息をついた。そうして息を吐かなければこの帝国の一千年の歴史が胸の中から抜けていかないような気がしたのだ。サァーッと車が水を跳ね上げながら走って行く音がした。台風はなおも近づいて来ているようだった。強い風が街路樹を揺らしていた。それは目覚ましのように私を現実の世界に呼び戻す音だった。