日暮れの音

無言に付す音

その気になれば世界中の情報が気軽に閲覧できてしまうから、そのうえでは声をもたないひとたちが大勢いて、じつはそちらのほうが大多数であるということを、光る画面ごしに世界をのぞいていると、私たちはついつい忘れてしまいがちだ。

そういうひとびとの声を部外者の視点ですくい上げるということは、よく行われることだが、それは彼らに独自の物語を、一般にひろく普及している価値観と比較する、というかたちにならざるを得ないから、彼らの声が自発的に私たちに聞こえるように自然ににじみ出してくる、ということは残念ながらほとんどない。

土地に根づき語り継がれてきた民話というものはある意味では、普遍化された彼らの声、といえるのかもしれない。でもそれはどんなできごとであっても、ながいときのなかで均一に希釈されてしまうから、たとえそれを語るひとびとの精神がそこに代弁されていたとしても、それが現在を生きる個人の肉声になることはできない。

幼かったころ、祖父母の農作業を手伝うことが好きだった。そのころの仕事はすでに生活の糧としての性格は薄かったのだけれど、それでも、こちらの都合ではどうすることもできない作物たちを日々観察することが楽しくて、私は飽きもせず毎日土を踏みしめて走り回っていた。無機質な都市に住み、土に触れることなどほとんどなくなった今でも、その記憶は私の身体の奥に、消えることのない「農民の血」としてしまい込まれている。

地理的な距離、そして風土や政治状況、じぶんが知っている日本の農村とは、相違点よりも共通点を数えるほうが早くすんでしまいそうな中国の農村について、私には漠然としたイメージがあるだけだった。乾いた空気、大地を削り取りながら満々と水をたたえて流れていく河、土壁の家々。

それが、あの広大な中国のどこにある景色なのかもわからなかった。だがある日それが、ここにある、と目の前に突きつけられたような気がした。河南省のある村に生きる貧しい農民たち、彼らの言葉は「自分たちはここにいる」というある意味では単純なものなのだが、その言葉には『中国はここにある』という言外の声明が通奏低音となって鳴り響いている。

二〇歳までそこで暮らしたひとりの女性、梁鴻(リアン・ホン)が故郷、梁庄(村名は架空)で、五ヶ月にわたって農村の人々の言葉を記録した作品『中国はここにある 貧しき人々のむれ』。冒頭で彼女はこれから始まる長期滞在を前にしてこのように述べる。

農村に戻り、自分の村に帰り、マクロな視点で中国の歴史改変および文化変革における現代の農村の位置を調査し、分析し、検証したい。内在的視点から広大な農村の現実の生活の景観を描き出したい。自分の目を通して、村の過去と現在、変わってしまったものと変わらないもの、村が味わってきた喜び、被ってきた苦しみ、受け入れてきた悲しみを歴史の地表にゆっくりと浮かび上がらせたい。

客観性を必要とする「調査、分析、検証」と、当事者でなければ得ることのできない「内在的視点」。その両者の立ち位置をつらぬきとおすのは、どこかもう一歩のところで故郷に帰属せずに踏みとどまるある種の孤独を要する作業ではなかったか。そしてその姿勢にはどこか流浪の作家、マルグリット・ユルスナールの生き方に重なり合うような気がする。

故郷の村に帰り調査をするということが、なぜ帰るべき故郷を失ったユルスナールの生涯と響き合うのだろう。それはおそらくユルスナールの創作原理と梁鴻が故郷に対してとった立ち位置が奇妙に一致したせいだろう。

本の最後、彼女は「なぜかわからないが、今後、故郷に帰る回数が、少なくなるような気がした(中略)この数ヶ月、機微にまで分け入る分析と発掘をしたことで、私の心の中の故郷は、全く変わってしまった」と述懐する。彼女のおこなったすべてが現実的な土地との距離と反比例して、故郷を徐々に手放していく行為なのではなかったか。

「自分のことは書きにくい」と言う言葉が印象的だった。ある意味では誰もが言いそうな言葉だ。しかし彼女の場合、とくにそうだろうと思う。というのもこれまで、あれだけの学識を積み、あれだけの作品を書いてきた人であるにもかかわらず、ユルスナールは自分を重要視したことが一度もなかったからだ。それは謙遜などとは全く異質な感覚だと思われる。自分は媒介でしかないという感覚。「自分を無にして登場人物の声に耳を傾けること」が彼女の創作原理だった。
(心の楽園――ユルスナールの肖像――『ヴァルボワまで』岩崎力/雪華社)

作家が自分に課した故郷への態度が、ユルスナールの「自分は媒介でしかない」という感覚と同質の、深い孤独を受け入れたものにしか見ることのできない現実を描き出させているのだと思う。

読み終えたあと、日本と中国のあらゆる違いを見せられたのに、わきあがってきたのは深い懐かしさだった。祖父そして祖母がいなくなり、私の現実の故郷はもはや地方の片田舎でしかなくなってしまった。思い出にしか姿を現さなくなった心の中の故郷が、どこかで梁庄に響き合う感じがした。もしかしたらそれは、私の身体の奥にしまい込まれた「農民の血」が共鳴したせいなのかもしれない。

農民たちの言葉は決して高らかではない。しかし無言でいることは、すべてを受け入れている、ということとは違う。むしろそこに、無数の確固たる意志が隠されているのだが、世界はそういった非言語にはあまり関心をしめさない。だがそれは、非常に抑制のきいた音にならない痛切な言葉なのだ。